アリゾナ・メモリアルへ

 ホテルから歩いて5分、ワイキキ・ショッピングプラザ2階にあるJCBプラザへと向かう。時間がで少し早かった為、隣のおみやげ屋さんを少し覗いて、9時、JCBプラザが開くと、中へ入る。

 JCBプラザ入り口。受付で連れ合いのマッサージとレストランの
予約がしたい旨、伝えると、横の机へと案内される。女性が2人出
てきて、新人研修で対応させて貰っていいですかと聞いてきたので、
まあ、特に問題も無いのでOKした。まず、連れ合いのマッサージの
予約を頼む。明日でホテルから歩いて行ける範囲という事で、
ザ・ロイヤル・ハワイアンホテルの中にあるアバサ・ワイキキ・スパに
「日本語で話の出来る女性」という条件で予約して貰った。しかし、
やっぱり慣れていないため、電話をしては確認をして、電話を切って
は確認をして、また電話をしては・・・と、数回の電話のやりとりが
あった。その間、隣についた指導の係だろう女性が、所々、確認
事項等を指示しながらになったため、少々、手間取った。その後、
オマールが食べられるレストランで歩いて行ける範囲で探して貰い、
チャイナガーデンという中華料理の店を予約して貰った。息子がして
みたいと言っていた射撃場のパンフレットを貰い、アリゾナ・メモリアル
までの道を尋ねると、地図を出してきて、「持って行きますか?」と
聞かれた。無料で地図の貸し出しサービスをしているとの事。
もちろん、借りることにした。ワイキキからH1への乗り方を書いた
コピーを貰った。このコピー、親切に書いてあるので、重宝した。
 JCBプラザの用事が済むと、すぐ横にあるおみやげ屋さんに
よる事にした。商売上手なおばさんがいろいろと話しかけてくる。
ハワイアンキルトを「よその免税店より安いよ。」と勧めてくれる。
結構、家庭的な人で、買ったおみやげを僕に渡さず、子どもの役目
とばかりに息子に持たせたりする。ハワイアンキルトや会社への
土産に草履やサーフボードの形をしたマグネットを買った。結構、
買ったのでそこそこの値段になってしまった。店を出ると、後ろで
おばさんが息子に何か耳打ちをしていた。息子は、ガラスで出来た
置物が欲しくて見ていたが、小遣いと相談をして買うのをやめていた。
結局、買わされたかなと、出てきた息子に聞いてみると、お父さんと
お母さんがたくさん買ってくれたので、ひとつ、欲しい物をあげると、
包んでくれたとの事。息子がその棚を覗いていたのをちゃんと見て
いたようだ。
 後日、大きなショッピングセンターにも行ったが、ここで19ドル弱
で買ったハワイアンキルトと同じ物が「安いよ。25ドルにしておいて
あげる。」と言って売っていた。マグネットも同じ物の値段を比べたが、
ここのお店の方が安かった。
 別にこのお店の回し者ではないが、お勧めだと思う。結局、最後
に足りなかったおみやげをこの店に買いに来ることになってし
まった。




 昼食を取りに、ホテルまでの途中にあるファーストフード店に行く。少し時間が早かったようで、「後5分」とかいいながら、先に注文だけ受けてくれた。カレーやスパゲッティーを頼み、息子は大好きな唐揚げを頼む。「ひとつ?」と聞かれて、「3つ。」と注文。しばし席で待っていると、番号を呼ばれて、出来た物から渡される。味の方は・・・正直、まあ、海外で食べる、日本のカレーライスであった。唐揚げがなかなか出てこないので、息子が聞きに行くと、忘れられていたらしい。すでにケースには並べられていたので、そこでも「ひとつ?」と聞かれ、「3つ。」というと、3回、トングで挟んで入れてくれたらしいが、二つのピースがひっついている物があり、結局、4ピース、入ってきた。まあ、おおらかといおうか、気にしないといおうか・・・・。

 店を出ると、大雨であった。沢山の人が雨宿りしている。いや、中にはお構いなしに歩いている人もいたが・・・・。
 どうしようと思いながらも、やみそうもなかったので、少し小降りになった合間をねらって屋根のある所をつたいながらホテルまで帰る。身支度を調えると、いよいよアリゾナ・メモリアルへ出発だ。

 JCBプラザで貰った地図を頼りにH1へ。迷うことなくH1に入ると、WESTの文字とパール・ハーバーの文字を頼りに走る。パール・ハーバーへの降り口を降りると、すぐにアリゾナ・メモリアルの看板が出てくる。途中には「アリゾナ記念館」と日本語の看板もあり、迷うことは無い。ただ、広い通りからメモリアルの方に入り、まっすぐ行くとメモリアルの前のバス停やタクシー乗り場に入ってしまう。メモリアルに向かって右側に広い駐車場があるので、そちらに停める。JCBプラザで、「荷物は持って入れません。カメラケースも持って入れません。カメラだけだして持っていってください。」と聞いていたので、荷物は後ろの座席、外から見えない所にまとめて置くと車をロックをする。雨の中、海軍の人が立っている入り口からメモリアルに入っていく。


 ここで、少しアリゾナ・メモリアルの外見上の事を説明しておく。港にある公園内に建物が建てられ、様々な資料などが置かれているが、メインは今でもパール・ハーバーに沈んだままの「アリゾナ」である。資料を展示してある施設は公園内であるが、アリゾナ・メモリアルのある海域はアメリカ海軍の領域である。
 右手にアリゾナから引き上げたイカリを見て、左側のホールへ入る。少し左の前に円形のカウンターがあり、そこでチケットを貰う。このチケットは無料で、映画の上映に入るためのチケットだ。指定された時間から始まる映画を見て、その後、デッキから海軍の運行している船に乗り、アリゾナ・メモリアルに向かう。映画を見ないと、この船には乗れない。水深12mの海底に沈んだアリゾナの上をまたぐようにメモリアルが建てられている。映画館に並ぶ列の後ろあたりになる所にオーディオ・ガイドの貸し出しがあり、一つ5ドル。これを借りて、映画館の中で膝の上に置いておくと、映画が始まると日本語の解説が流れてくる。他にも展示物の解説が入っている。是非、借りて、展示物を一つ一つ、見て欲しいと思う。もちろん、英語をそのまま理解できる人は借りる必要は無いが・・・・。


 シュガー・ミュージアム、ビショップ・ミュージアム、アリゾナ・メモリアルと、ハワイの歴史をかいま見て感じた事はまとめて後述するとして、いくつか、アリゾナ・メモリアルの紹介を。

 まあ、こういう所にくれば、こういうのはたいていあるが、
それでも、やっぱり外せない物であろう。アリゾナから引き
上げられた時計である。
 沈没したアリゾナの上に建てられたメモリアル。中央に
立っている国旗を揚げるポールは、沈没しているアリゾナ
のポールである。正直、これほど浅いところに沈没している
とは思わなかった。メモリアル右手にもアリゾナの船体の
一部が見える。
 これがそうである。あいにくの雨のせいで水が濁っており、
その下の船体までは確認が出来なかった。
 これは港の施設に置いてあるメモリアルの模型。ちょうど、
ケースの上面が海面くらいになる。上の写真がメモリアルの
右側でケースの上に出ている円形の部分である。
 メモリアルのすぐ向こうには現役艦が見える。ここはすでに
海軍基地の一角なのだ。タイに行った時にも感じたが、日本
にくらべ、軍隊が遙かに日常生活に近いところに存在する。
 右側に見える白い物は、真珠湾攻撃があった時に、各艦が
停泊していた場所を示している。正面に回ると、艦の名前が
書かれている。
 雨に煙るパール・ハーバー。今は美しく整備された公園だ。
 映画の「パール・ハーバー」を思い浮かべるが、どうしても、
今のこの風景にあの激しい戦闘は重ならない。



 それほど大きなショックを受ける、頭をガツンとされるような、そんな所では無かった。しかし、ここに来て、新しく知った事実もあり、いろいろと考えさせられた。

 マウイでのスキューバーダイビングの時、インストラクターのエディさんが、途中にある島を指さし、「あの島は無人島で、アメリカ軍はあの島を戦艦大和に見立てて攻撃の練習をして、沈没させました。そう思うと、腹が立ちませんか?」と聞いてきた。僕にとって、あまりに遠いあの戦争の事で、特に腹が立つ訳は無い。エディさんも本気で言った訳では無かろう。しかし、九州に旅行に来たアメリカ人に、「日本軍は、ここを真珠湾に見立てて真珠湾攻撃の訓練をしました。そう思うと、腹が立ちませんか?」と聞く日本人は皆無であろう。

 帰りに売店を覗く。沢山のビデオ、DVDが並び、日本の「トラ・トラ・トラ」もあったが、「Tora・Tora・Tora」もあった。パール・ハーバーを題材にした映画がこれほど沢山作られている。アメリカにとって、まさに「リメンバー・パール・ハーバー」なのであろう。

 しかし、ここで感じた事、それは、このメモリアルが「日本への憎悪」を持って作られているわけではない事である。アリゾナ乗組員の個人的な人生やブラスバンドの活動等、沢山の人生が奪われ、大きな悲しみを伴った事実である事や、その後、パール・ハーバーの復興の為にどれほどの努力がなされたか、等の展示があるが、どの展示にも日本への憎しみは感じなかった。それは、戦争の持つ原罪とでも言おうか、戦争をするという事は、こういう事なんだ、という展示であったように思う。映画の中などでことさらに強調される、「宣戦布告前に攻撃を行った」という事は見かけなかった。あったのかも知れないが、気がつかなかった。アリゾナ・メモリアルにとって、日本の行った奇襲攻撃が「卑怯な」事かどうかという事はどうでもよい事で、戦争がもたらしたもの、その事実を伝えるのがこのメモリアルの役割ではなかろうか。

 外に出ると、卒業旅行なのであろうか、数人の日本人の女の子がキャッキャいいながら、メモリアルをバックに写真を撮っていた。カップルで楽しそうに歩いている人もいる。善し悪しをいう気はさらさらない。僕自身、戦争はやっぱり実感できないものであるから。それでも、この子達にも、あのオーディオ・ガイドを持って、解説を聞きながら展示を見て欲しい、と思った。平和な時代に生きているからこそ、努力が必要であろう。

 行く前に想像していた所とは随分と違った雰囲気と意味合いを持ったアリゾナ・メモリアル。重苦しい雰囲気もなく、おみやげ屋さんもある観光地でありながら、軽々しい雰囲気は持たない。まあ、雨でくらかったせいも多分にあるかも知れないが。ワイキキから車で30分ほどで行ける所である。少しの時間をさいて、是非、立ち寄って欲しいと思った。


前へ   次へ
ハワイトップヘ